東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 The University of Tokyo III / GSII

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October 30, 2023

公的部門の最前線で女性支援を行う婦人相談員の全国調査
――7割が「社会福祉士」等の公的資格等を保有、8割が非正規雇用――The nationwide survey of women consultants who support women at the forefront of counselling and support in the public sector
ー70% holds the official qualifications such as social worker and 80% non-regular employment of all women consultants―

発表のポイント
◆婦人保護事業の三機関の一つである婦人相談員の専門性や労働状況については、全国的な調査が行われておらず、その実態は不透明で、これまで深く議論される機会はありませんでした。
◆本研究では、全国の婦人相談員約1500名を対象とした初の実態調査を実施し、婦人相談員の専門性、労働状況、報酬、業務上の困難等の現状と課題を明らかにしました(有効回答率39%)。
◆DVや性被害等の困難を抱える女性を支援する公的な専門職である婦人相談員は、約7割が「社会福祉士」等の公的資格を保有し、約9割が業務にやりがいを感じながら相談支援に取り組んでいますが、約8割は非正規雇用で不安定な立場に置かれています。
【発表概要】

東京大学大学院情報学環の小川真理子特任准教授らによる研究グループは、全国の婦人相談員約1500名を対象とした初の実態調査を実施し、婦人相談員の専門性、労働状況等の現状と課題を明らかにしました(有効回答率39%)。

日本における婦人保護事業の三機関(婦人相談所、婦人相談員、婦人保護施設)の一つである婦人相談員の専門性や労働状況については、これまで深く議論されることはありませんでした。これは婦人相談員が日本的特殊性のもと少数者の問題として等閑視されてきたことに起因しています。研究グループは、公共部門の相談支援の最前線にいる婦人相談員の各自治体における位置づけや役割、困難性を明確にし、支援論や制度論では議論されてこなかった婦人相談員の専門性や労働状況を複合的視点から検討し考察しています。

本研究では、2022 年に成立した「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」の2024年施行に際し、新たな女性支援の枠組みにおいて重要な役割を果たすことが期待されている婦人相談員の実態を把握し、正当な評価や待遇改善に関する政策提言を行うことを目指しています。婦人相談員の実態の解明は、婦人相談員の社会的役割や方向性を示すとともに支援実践へのフィードバックや女性支援政策への貢献、また婦人相談員の労働問題研究等の発展につながることが期待されます。

 

【発表内容】

〈研究の背景〉
1956 年に制定された売春防止法に設置根拠のある婦人保護事業は、約70 年間にわたる社会経済状況の変化の中、その役割や責務が急激に変化してきました。2001 年のDV 防止法制定(注1)に伴い、新たにDV被害者が婦人保護事業の対象になり、その後ストーカー、人身取引、性暴力被害者など対象者が拡大されています。婦人保護事業は国による直接・包括的な女性支援事業を担う唯一の福祉事業です。にもかかわらず、同事業は、特別刑法である売春防止法を法的根拠としているために、福祉法には含まれていません。また、売春防止法第4 章の「保護更生」は、「性行又は環境に照らして売春を行うおそれのある女子(以下、「要保護女子」と略す)」を対象としており、特別刑法の中に「保護更生」が混在するという捻じれた構造がありました。同事業は、単独事業であるため、その財政基盤は圧倒的に脆弱です。そのため、婦人相談員は、要保護女子の発見、相談、指導を行うと規定されていましたが(売春防止法35条)、相談支援の際に制度や運用の面で困難に直面してきました。

婦人相談員は、性被害やDV、ストーカー被害にあった女性や望まぬ妊娠をした女性などへの支援策を考え、病院や一時保護所への同行、保護命令の申し立てや証明書の発行支援、関係機関の調整など業務は多岐にわたります。2022年5月、多様化する女性の支援ニーズについて婦人保護事業の対応には限界があるとして、新たな女性支援の枠組みが構築され、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(2024年施行予定)が制定されました。しかしながら、婦人相談員の位置づけは、売春防止法制定当初から非正規のまま変わっていません。2017年の売春防止法改正により婦人相談員の「非常勤」規定は削除されたものの今も常勤化は進んでいない状況です(約7割が非正規)。

〈研究の内容〉
本研究では、婦人相談員の基本属性、専門性、労働状況、報酬、困難、研修等を把握するために、全国の婦人相談員に質問紙調査を行いました。以下に調査概要を示します。

本質問紙調査では、婦人相談員の実態を限定的ではありますが確認することができました。婦人相談員の基本属性からは、40 歳代から60 歳代の中高年層の女性が主な担い手であり、約8割が非常勤職で、「母子・父子自立支援員」(注1)等との兼務が多いことが明らかになりました(図1)。婦人相談員の平均勤務年数は約6年で、「社会福祉士」等の資格を保有している割合が他の資格に較べて多い結果となりました(表1)。また将来的に取得したい資格も「社会福祉士」が5割を超えていることから「社会福祉士」が婦人相談員の業務を遂行する上で有益な資格であることが推察されます。

待遇面では、約8 割の婦人相談員が1年ごとに契約更新をしており雇用形態は不安定であるといえます。2021年度の報酬額の平均(月)は「16万円未満」が約3割と多く、20万円未満が全体の約6割を占めています。約半数の婦人相談員が、労働時間や仕事内容に見合う報酬を得ていないと回答しています。他方、婦人相談員として行う業務上の困難や心理的負担を感じているものが複数いるものの、約9割がやりがいを感じ、約8割が婦人相談員の業務に満足しているという回答でした。これらの結果からは、婦人相談員の仕事に対する意欲の高さや熱心さを垣間見ることができます。婦人相談員にとって有用だと思われる研修への参加状況では、約9割の婦人相談員が、公費で国や都道府県、所属機関の実施する研修に勤務時間内に受講していることがわかりました。その一方で、新任研修を受けたことがない婦人相談員が全体の約2 割、職場で勤め始めた際に、仕事を誰にも教わったことのない婦人相談員は約1割、2021年度の研修受講状況では約1割の婦人相談員が研修に参加していない実態も看取されました。さらに、不足している知識や経験を補うための方法として、自費での資格習得や通信教育受講、関係法令、施策等の資料を入手するなど自発的に自己研鑽を積む姿も垣間見えました。本調査結果を通して、業務に対する責任感を持ち、真摯に取り組む婦人相談員の姿勢が明らかになりました。同時に、日々女性の支援に取り組む中で、常に関連法令や施策、支援のスキルなどアップデートしなければならない現場にいる、婦人相談員の差し迫った状況がみえてきます。

 

図1 婦人相談員の業務の雇用形態
 

表1 現在保有している公的資格等(複数回答可)
「社会福祉士」「社会福祉主事」(注2)「教員免許」がそれぞれ2割と多い結果となりました。心理、医療、介護関連等多様な資格を保有し、支援に必要なスキルを身につけていることが推察されます。

図2 婦人相談員の業務のやりがいについて
 

〈今後の展望〉
本研究では、2022 年に成立した「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」の2024年施行に際し、新たな女性支援の枠組みにおいて重要な役割を果たすことが期待されている婦人相談員に対する正当な評価や待遇改善に関する政策提言を行うことを目指しています。婦人相談員の実態の解明は、婦人相談員の社会的役割や方向性を示すとともに支援実践へのフィードバックや女性支援政策への貢献、また婦人相談員の労働問題にとどまらず、婦人保護事業や社会福祉分野で支援に携わる者、民間NGO等における支援者の専門性、労働問題研究の発展につながることが期待されます。

 

【発表者】

東京大学
小川 真理子(特任准教授)〈大学院情報学環〉

福島大学
安部 郁子(特任教授)〈人間発達文化学類〉

宇都宮大学
川面 充子 (特任助教)〈ダイバーシティ研究環境推進本部〉

茨城女子短期大学
小口 恵巳子 (教授)

酪農学園大学
須賀 朋子 (教授) 〈農食環境学群〉

城西国際大学
堀 千鶴子 (教授)〈福祉総合学部〉

上記を含む婦人相談員研究会メンバー

栃木県小山市役所
大貫 雅代 (婦人相談員)

認定NPO 法人ウイメンズハウスとちぎ
中村 明美(顧問)
小平 悦子(理事)

栃木県下野市役所
日下田 恵里(婦人相談員)

 

【論文情報】

「婦⼈相談員の専⾨性と公的相談⽀援の労働問題に関する研究」調査報告書、2022年3月、婦⼈相談員研究会編(小川真理子*、安部郁子、川面充子、小口恵巳子、須賀朋子、堀千鶴子、大貫 雅代、小平悦子、柴田美代子、中村明美、日下田恵里). *研究代表者
⽇本学術振興会科学研究費補助⾦基盤研究(B)(⼀般)「婦⼈相談員の専⾨性と公的相談⽀援の労働問題に関する研究」(課題番号 21H03728 令和3年度〜令和5年度).

なお、本研究成果は、ISA(International Sociology Association)学会大会、RC32 Session on Secular Authoritarianism and Gender Inequalities in Plural Societiesにおいて“The Specialties of Women Consultants Who Stand Gender Injustice at the Forefront of Counselling and Support in the Public Sector”のテーマで研究発表が行われました(June 30, 2023)。

 

【研究助成】

本研究は、⽇本学術振興会科学研究費補助⾦基盤研究(B)(⼀般)「婦⼈相談員の専⾨性と公的相談⽀援の労働問題に関する研究」(課題番号 21H03728 令和3年度〜令和5年度)の助成により実施されました。

 

【用語解説】

(注1) DV 防止法:配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律
(注2) 母子・父子自立支援員:母子及び父子並びに寡婦福祉法に基づき、都道府県知事等が委嘱し、ひとり親家庭等において児童を扶養する者の相談にのり自立を支援する役割を担う。
(注3) 社会福祉主事:社会福祉法第18条および第19条において、その資格が定義づけられている任用資格。任用資格とは公務員が特定の業務に任用されるときに必要となる資格。福祉事務所等において社会福祉各法に定める援護、育成又は更生の措置に関する業務に携わるケースワーカーとして従事。

 

【問合せ先】

東京大学大学院情報学環
特任准教授 小川 真理子
E-mail:ogawamariko@g.ecc.u-tokyo.ac.jp