東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 The University of Tokyo III / GSII

研究Research

March 31, 2024

学府の社会人学生 ー 働きながら研究する経験をめぐるアンケート結果よりGSII’s Working Students – What it is Like to Work Full Time and Attend Graduate School

(本文は抄訳に続く)

The editorial team for the III Website has performed a snap survey on the experience of working students enrolled in the Graduate School of Interdisciplinary Information Studies with the aim of gaining some understanding of the thinking behind attending graduate school while also holding a full-time job. The survey was conducted in mid-February.

Many of the seven respondents said their decision to enter graduate school was motivated by the desire to gain new expertise and awareness of issues arising from their work experience. Specifically, this included examining and solving work-related problems, discovering research themes through their work, and preparing for future careers. However, there was considerable variation among the respondents in the length of preparation and the process of gaining understanding from their employers, colleagues, and family before deciding to enter graduate school. For some students, the preparation time was in the order of a few weeks or months; for others, it was as much as three years.

When asked the advantages of attending graduate school with work experience, most of the respondents said that they were able to apply the awareness of issues and perspectives gained from their work experience to their research. Another advantage they cited was that they could utilize primary sources obtained from professional practice in their research and feedback the results to that practice. In addition, some said that the mental strength developed from their working experience gave them a high level of dedication to their research. On the other hand, time constraints and stress caused by balancing work and study were cited as difficulties unique to working students. A respondent with a small child said balancing parenting and study was also a challenge.

Finally, regarding the impact on their future, many said that going to graduate school would have a significant impact as a turning point in their lives, believing that their career and life options would be enhanced. Although the respondents represent only a small portion of the working students at GSII, it was evident that through their studies and research activities, working students are generally experiencing personal growth, preparing for the future, and gaining new perspectives.

 

近年、業務上必要な新しいスキルを獲得すること、あるいは新たな職業に就くために必要なスキルを獲得する「リスキリング(reskilling)」が注目されていますが、実務経験を持ちながら大学院生になることもリスキリングのひとつの形かもしれません。学際情報学府には、学部卒業後に就職し社会人経験を持つ人が一定数在籍していますが、どのような考えや思いを持って院生生活を送っているのでしょうか。編集部ではコース横断的にお声がけした7名の社会人学生の方からアンケートで意見を集めました。そこからは多くの方が実務経験を活かしながら研究に向かう様子が伺えました。

 

(アンケートを行った時期:2024年2月1日-2月14日)

回答を寄せてくださった方々:(所属コース、学年[アンケート回答時]、職業、学府入学時点の社会人経験年数)

・福井桃子さん(社会情報学コース M1、会社員、5年以内)
・栁瀬一樹さん(社会情報学コース M1、アニメーションプロデューサー、15年以内)
・張予思さん(社会情報学コース D4以上、報道従事者、10年以内)
・金谷崇文さん(先端表現情報学コース M2、医師、10年以内)
・松田暁さん(総合分析情報学コース D4以上、会社員、5年以内)
・Xさん(文化・人間情報学コース M1、匿名希望、10年以内)
・Yさん(総合分析情報学コース M1、自営業、5年以内)

(M=修士課程、D=博士課程)

 

Q1:あなたはどういった理由で大学院への進学を考えましたか?

回答者の多くが大学院を目指そうと考えたのは、やはりそれぞれの現場で日頃業務にあたる中で見出した問題意識がきっかけとなったようです。たとえば鉄道系企業の会社員である福井さんは「業務上の規定に関する正当性をデータや理論に基づき検証したいと考えた」といいます。修士課程を修了してからメディア系企業で働いてきた張さんは、社会人5年目の頃に仕事で自分の能力ではどうにもできない壁にぶつかるようになり、「そのモヤモヤした気持ちを研究テーマとして昇華させたいと思うようになった」そうです。このように、仕事の中でテーマに遭遇した方もあれば、「新たな領域の視点や専門知識を身に付けたい」という自営業のYさんや、医師として勤務していた大学で関わった医工連携の研究をきっかけに「工学的な視点および専門的知識を身につけたい」という金谷さんのように、仕事をきっかけに新たな領域での研究の必要性を感じたという声もありました。

また、大学院への進学をきっかけに「博士号を取得しセカンドキャリアに備えたい」(張さん)という方もありました。Xさんも「社会を変えたいと思って活動していたが、知への貢献が本質的な行動である」とキャリアチェンジを意識して大学院進学されたそうで、今後の人生を見据えた中での決断であったこともわかります。

一方、修士課程を終えると同時に博士課程へ進学しつつ就職もした松田さんは、「修士課程を終えるタイミングで博士に進まなければ今後博士課程に進まないと思った」そうですが、コロナ禍で仕事がフルリモートであったことも博士課程の研究との両立を可能にしたとのことです。

 

Q2:進学を考えてから実行に移すまでどのくらい準備期間を要しましたか?また進学については周囲からの理解は得られましたか?

当然かもしれませんが、進学に向けた準備期間には個人差がありました。松田さんは内部進学だったという事情もあり準備期間は「書類の準備で1、2週間」だったそうです。すでに働いていた他の回答者は、短くて「3ヶ月」(福井さん)から「1年間」(Yさん)、長い方は「3年」(栁瀬さん、張さん)の準備期間を費やしたそうです。

ご家族やパートナーの了解はすぐ得られたとの回答は多く見られましたが、職場はどうだったのでしょうか。「直属の上司は、良くも悪くも就業規則の範囲内での対応を事務的にしてくださった。就業規則の範囲で対応できない部分については、個人でなんとかするようにとのことだった」(福井さん)という声からは、言外にはさまざまな苦労があることが窺われます。一方、張さんは、社内にいる学府出身の先輩のアドバイスを参考にしつつ、「いまの指導教授と連絡を取るのと並行して、上司にも相談して理解を得た」そうです。また、金谷さんとXさんのように、進学希望について職場に相談し了承されて動いたものの、進学前に退職された方々もあり、キャリアと大学院での研究を両立させる過程にはいろいろな決断があることが伺えます。

時間をかけて大学院に向けた学びを深めていた方もいます。プロデューサーとして独立し、自営業者として働く栁瀬さんは、3年かけて哲学や社会学・現代思想の本を読み、わからない概念を逐一調べたそうですが、それは「受験勉強ではなく、人類の知恵の歴史を遡るとても知的な冒険」だったそうで、進学が決まってからは「年間8本引き受けていた仕事を4本にするなどの調整を行ったので、周囲に心配をかけずに入学できた」と、仕事量を調整しつつ大学院での研究との両立を図っているそうです。

 

Q3:社会人経験をへて大学院で研究することの良さはどんなところにあると思いますか?

この問いには、「社会全体を俯瞰し、自分が研究したい領域、今後ビジネスで活かしていきたいものを判断できるので、大学院の期間を迷わず有意義に使える」(Yさん)、「研究が社会に対してどのように役立つかまで見据えて研究に取り組める」(福井さん)、というように、実務経験を通じて見出した研究テーマが社会にどう活きるか・活かせるかを見据えていることが伺えるコメントがありました。

また、「社会的経験および前職の知識からより多角的な視点から研究に臨める」(金谷さん)というように、実務経験を研究に活かせることを指摘する声もありました。「実務で得た一次ソースを研究に活かせること、研究で得た知見を実務にフィードバックできること、この2点をサイクルとして回せる」という栁瀬さんは、「実務と研究の二足の草鞋は消費する時間のコストが2倍と思われがちですが、重なる部分が多いためかかるコストは1.5倍程度という実感です。にもかかわらず、研究者としても実務家としてもそれを行っていない他者と比べて大きなアドバンテージを得ることができるため、必ずやったほうが良いと思います」ともおっしゃいます。

ほかにも、「仕事で死線を潜っているので多少のことでは動じない」(Xさん)、「社会人生活で経験した理不尽なことへの向き合い方や身に付けた精神的なタフさも一筋縄ではいかない研究生活に活かせている」(張さん)という、社会人生活で培ったメンタルの強さが大学院生生活を送る上で役に立つという意見もあります。働きながら学生を続けることで「お金の心配が少ない」(松田さん)といった、経済的な安定のおかげで研究に専念できるという声もありました。

 

Q4:社会人大学院生ならではの苦労はどういうときに感じますか?

このアンケートに回答された方7名のうち5名が仕事を続けながら大学院生をしていますが、共通して聞かれたのは、仕事の時間的拘束からくる研究時間の確保の難しさです。「家族との時間や趣味の時間も当然ながら前ほど確保できないので、やることの取捨選択を迫られる」という張さんは、仕事をしながら論文を書くために思考の継続性を確保することは至難の業だと実感し、1年休職して博論に専念することにしたそうです。また、社会人学生の中には育児中の方もいますが、仕事よりも子育てとの両立がたいへんというXさんは、子供を保育園に預けて時間通りに教室に行くにも関わらず、10時25分開始のはずの授業に学生が大勢遅刻して開始が遅れたということを何度か経験されたそうで、社会人の時間厳守の感覚からも「強いストレスを感じる」とも語られます。

ほかにも「現役の学生さんはみなさんフランクに接してくれていますが、気を遣わせていないかと不安になることがある」(福井さん)といった学部卒後大学院へ進学した学生との距離感に戸惑いを感じる声もあります。また、退職して大学院に通う方からは「収入が激減し、生活レベルを変えるのにやや戸惑った」(金谷さん)というように、経済的な不安や貯金の減少なども聞かれました。

他方、「まったく感じたことがありません!」(栁瀬さん)という声もありました。

 

Q5:学府(大学院)への進学は今後あなたにどのような影響を与えると思いますか?

「別の仕事に進む、研究を続けて行くなど、進学前には想像もできなかったような選択肢が出てきました。大学院で得た学びや繋がり、研究成果を無駄にしない最善の選択をしていきたい」(福井さん)というように、今後の人生の選択肢が増える可能性を感じているという声がいくつかありました。

40代になってから博士号取得を目指して大学院に入学して「ここが長い道のりの第一歩になった」という栁瀬さんは、「仮にこの入学がなかった場合の人生と、現在の人生を比べるならば、50代に向けて目標なき人生か否かと言えるほどの大きな影響があった」とおっしゃいます。同じように「この進学が人生の大きなターニングポイント」という金谷さんは、研究職に向かうか臨床を中心に据えるかの岐路に立っているそうで、後者であっても「職場での研究において先導的な存在となり、好影響を与えられるものと期待している」と回答されました。

「仕事にもよい刺激になり、進学と研究を通じて人脈も広がった」という張さんは、博士号を取得できればセカンドキャリアも具体的に見えてくることを期待しているとのことです。そして、この回答をお寄せくださった時点では博士号を取得して数ヶ月という松田さんは、自分の知識やスキルに自信がついて「それが直接役に立つかはわからないが、メタな知見や経験は生き抜く上で困難を乗り越える際に役立つと思う」と感じているとのことでした。

 


学府のおもしろさはその多様性豊かな構成員ですが、この企画ではその一翼を担う社会人学生の声をご紹介しました。これは該当する方々のごく一部の声であり、ひとりひとりのご経歴や背景事情もさまざまです。しかし今回のアンケートでは、総じて二足の草鞋を履くさまざまな苦労はあっても、自己成長への期待や将来に向けての準備や展望を得ながら、大学院での学びや研究活動に向かわれている様子が伺えました。ご協力いただいたみなさまに感謝申し上げます。

 

企画:学環ウェブ&ニューズレター編集部
構成・抄訳:神谷説子(特任助教・編集部)&柳志旼(博士課程・編集部)
英語校正:デイビッド・ビュースト(特別専門員)