東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 The University of Tokyo III / GSII

研究Research

October 1, 2021

【教員インタビュー】開沼 博 准教授(前編)Interview with Associate Professor KAINUMA, Hiroshi (Part 1)

『「フクシマ」論』から10年を経て: 学府で培った学問的基礎体力

2021年度より准教授として情報学環に赴任された開沼博先生に、教育部研究生、そして学際情報学府の院生時代のことから現在の問題意識と展望について伺いました。
*日本語記事は英文に続く

Ten Years since “Fukushima-ron”: Honing Academic Skills Learned at the GSII
Assoc. Prof. Hiroshi Kainuma

Hiroshi Kainuma became an associate professor in the III in 2021. In the first part of this interview, he spoke about his experience as a student in the GSII and the background that formed his current research interests.

(Part 1)
Hiroshi Kainuma entered the Master’s program of the GSII in 2009 and studied under Prof. Shunya Yoshimi in the Cultural and Human Information Studies Course. His Master’s thesis focused on the nuclear power stations in Fukushima as a way of understanding the modernization process in Japan. In 2011, he advanced to the Ph.D. program and started a new project looking at regional problems from a new perspective through fieldwork among various marginalized groups in Japanese society. The book which emerged from this project is titled Hyohaku Sareru Shakai (“Bleached Society”).

The Fukushima nuclear power station accident occurred while he was working on his Ph.D. research and provided the impetus for the work on social, political and technological issues in Fukushima which has occupied him for the past 10 years.

Prior to entering the GSII, Assoc. Prof. Kainuma was a student in the III’s Undergraduate Research Student Program. He recalls the excitement of those early days of the III, when various experimental work was being conducted, especially in the area of content creation through industrial partnerships. This was at a time when the concept of “Cool Japan” was still fresh and various efforts were being made to train students to become creators in the burgeoning fields of documentary, film, anime, and video games.

While still a student, Assoc. Prof. Kainuma worked on various content creation projects, including the III’s early e-learning efforts and UTokyo TV, which made lectures available to the general public. Although not directly related to his subsequent research, he has found such experience very useful.

Besides research, media work has been an important preoccupation for Assoc. Prof. Kainuma, partly in response to the public demand for information since the Great East Japan earthquake in 2011 and partly from a belief in the necessity of maintaining an open relationship between the university and wider society. He has his own two-hour spot on a regional Fukushima public radio station, where he brings up numerous topics related to disaster recovery and local development. Through this public exposure, he has become increasingly aware of the different discourse needs of the research world and the general public. Even within academia, his work has brought him into contact with researchers in diverse fields, including engineering and medicine, in addition to sociology. In future, he hopes to cultivate these ties even further.

 

– 開沼先生は学府ご出身。修了されてから4月に情報学環に赴任されるまでのご経歴を教えてください。

2009年に、修士課程・文化人間情報学コースに入学しました。指導教員は吉見俊哉先生です。入学当初から、「福島になぜ原発ができたのかを歴史社会学的に研究することを通して日本の近代化を問い直す」という研究計画を立て、その通りに修士論文を書きました。2011年の1月に書き終え、そのテーマでやることはやり尽くしたので、博士課程ではもう少し違うことをやろうと思っていました。『漂白される社会』という本にまとめましたが、フィールドワークを通して、社会の周縁部、アウトサイダーに着目しながら、格差であったり、社会的包摂や承認であったり、そういう現代社会論的なことを深く考えてまとめようかなとか、修士論文の問題意識を発展させて、中央と地方の関係というものを、これまでの地域社会学的なものの見方とは別な形でまとめようかなと、考えていました。

そんなところに東日本大震災・東京電力福島第一原発事故がおこりました。ちょうど博士課程に上がるタイミングでした。その後は、福島の状況の分析・考察が研究の主軸になっていきました。2012年からは福島大学の特任研究員として、2016年からは立命館大学で准教授として研究を続けました。幸いどちらの大学にも自分の研究テーマ・関心を深められる環境を用意していただき、継続的に3.11後、10年間の、福島にかかわるさまざまな社会的、政治的、あるいは科学技術的なことを見続けることが出来ました。そしてこのたび情報学環に着任しました。

– 学府の学生時代の思い出を少し伺えますか。学部生の頃から、学環・学府とはご縁があったそうですね。

私が学部生になり、学府に入って研究者になろうと学んでいく時期と、情報学環ができて、いろいろ実験的なことをしていく時期が重なっています。例えば、当時、コンテンツ創造科学産学連携教育プログラムといって、まだ秋葉原カルチャーとかクールジャパン的なものが社会の中心部にせり出してきて新鮮なものとして受け止められていた時期に、それを担うような人材を育成していこうという、実験的な教育プログラムがあったんです。そこに参加するための試験もあり、授業も充実したものでした。ドキュメンタリー映画を作るゼミとか、コミケについて、裏方の人がいかに動いて発展してきたのかとかを体系的に学ぶ授業などがあり、映画、漫画、アニメ、ゲームその他様々なコンテンツ産業について学んだのは楽しい記憶として残っています。

それは学部生のころの話です。私は文学部の学生でしたが、同時に情報学環教育部研究生でもありました。当時は、YouTubeも一般的にはそれほど普及はしておらず、動画をインターネットで観るのもまだ色々と制約があったような時期です。例えば、iPhoneは出始めで、皆が持っているわけはないので、ガラケーがメインだったわけですが、そうなると携帯電話でオンライン動画を観るという文化はいまのようにはなかったわけです。そんな時、iii onlineが山内祐平先生のマネージメントのもとで始まっていました。山内先生が覚えていらっしゃるかはわかりませんが、私はそこで、学際情報学府の授業の動画を撮って、貧弱な通信環境にある人でも重くて観れないようなことがないように、あえて容量を落として、それをアップロードするというアルバイトをやっていました。(註:iii onlineは現在は学府の学生向けのe-ラーニングシステムだが、当時はまだ一般向けに公開されていた)。また、大学総合教育センターで行われていた、これも山内先生が関わっていらっしゃった「東大TV」でも授業の動画映像コンテンツを作る、撮影と映像編集のアルバイトをしました。これは一般向けの連続公開講座や、東大のいろんな部局の先生方の最終講義を撮影し、編集や著作権処理などもするという仕事でした。多様な学問分野のコンテンツを当時まだ発展段階であった媒体に展開する作業は、さまざまなものを横糸のようにつなぐ「情報」その進化の過程を目の当たりに、実体験として学ぶ機会になりました。私の研究対象と直接的には関係ないように見えても、研究をすすめる上で、これらの経験は大いに役立ちました。こうして私が、育てられたこの情報学環に、また来られたことを大変うれしく思っています。

– この10年間で、大学を拠点に研究活動を行われつつ、数々の本を出版されたり、さまざまなメディアでも精力的に発信されてきました。

メディアやジャーナリズムでの発信はかなりのウェイトを割いてやってきたと思っています。それは3.11が、非常に発信が重要な分野である、それだけ社会の注目を浴びたということと連動している部分はもちろんあると思いますし、他方で、私自身も学問と学問外の領域をまたにかけながら研究をしたいという志向をもとから強く思っていたというのがあります。私が大学院生になる前から、情報学環には私などでは遠く及ばないレベルでメディアで発信されてきた先生方が多くいらっしゃいました。いまもそうです。そして出身者も様々な分野で輝かしい活躍をしていらっしゃいます。そういう開かれた、大学と外との行き来がよくなされている風通しの良さを感じて、情報学環にたどりついたと思います。

今、NHK福島のローカルで週1回レギュラーで夕方のラジオ番組に出ています。番組開始からずっとで、いま6年目になりますが、東京発の全国マスメディアとの違いは当然あるし、いわゆるローカルメディア、ミニコミとも違うし、県域でNHKの番組をやる面白さをすごく感じます。マスメディアの社会におけるポジションもかわりました。10年前、あるいはもっと前、私が学府に入ろうかなと思ったころ、つまり同級生が就活をしたころの輝かしさとはまったく違う現実があります。そういうメディアの変化を、自分自身でメディアに出る側になったりもしながら常に感じ、それを常に研究にフィードバックしているというところはあります。

そのラジオ番組は、この春から番組全体で2時間になりましたが、それまでの5年間は1時間番組でした。その中で、タイトルが恥ずかしいですけど「開沼カフェ」というコーナーがあります。そのうち10数分自分で勝手にしゃべっていいのがそのコーナーなんですが、福島の復興の状況とか、最近だとスマートシティが何なのかとか、水素エネルギーは何なのかなど、復興政策と非常に緊密にかかわっているテーマの話もしてきました。池上彰的な知の提供のしかたと言ってもいいかもしれないです。情報の洪水の中で皆が溺れそうなところに投げ入れる浮き輪をつくるような作業をやってきたという感じですね。

– 学問外での発信と、学問上の発信は、使い分けを意識されていますか?

そうですね。もちろん一般の人に伝わる言い方にしないとだめだし、しなければ存在しないにも等しいものと扱われてしまう。それは、3.11という非常に、常に目まぐるしく状況が変化するし、そして社会からのリアクションも返ってきやすい問題に触れている中で意識し実践せざるをえなくなったと思います。学問的な対応と一般向けに出すような情報のあり方をうまくすり合わせしながらやるということは、いろんな機会に鍛えてもらったなと思います。

学会での発表でも、講演やシンポジウム、論文の寄稿もそれなりに数はこなしてきていますが、ありがたいことにバラバラのジャンルの方々からお声がけいただいてきました。工学系もあれば医療系もあり、社会学系のところもあり、文理その他ジャンルを問わず話をする場を経験してくることができました。たぶんこれからも広く災害や社会的な危機を研究対象にしていく上では、そこからは逃れようがないと思っています。そういった意味では一般向けの発信と学問的なものの発信、あるいは学問の中でも多様な専門性のそれぞれに対応した発信を、それぞれに伝わるようにしていきたいと考えています。

後編へつづく〉

企画:ウェブサイト&ニューズレター編集部
インタビュー:山内隆治(学術支援専門職員・編集部)
インタビュー・構成:神谷説子(特任助教・編集部)
英文抄訳:デービッド・ビュースト(特任専門員)


主担当教員Associated Faculty Members

准教授

開沼 博
  • 社会情報学コース

Associate Professor

KAINUMA, Hiroshi
  • Socio-information and communication studies course