東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 The University of Tokyo III/GSII

研究Research

June 20, 2025

【教員インタビュー】筧 康明教授 (前編)Faculty Interview: Professor Yasuaki Kakehi (Part1)

先端表現情報学コース、文化・人間情報学コース、ITASIAの3つのコースでマテリアル・エクスペリエンス・デザインのご研究をする筧 康明先生のインタビューです。

本インタビュー記事は、前編と後編に分けて掲載します。前編ではご研究テーマとそれに至った背景について伺いました。後編では、筧先生が研究の場で大切にされている視点・アプローチと学府・学生へのメッセージを伺いました。

The following interview was conducted with Professor Yasuaki Kakehi , whose field of research is Material-Driven Experience Design. Part 1 deals with his research topic and the background leading to it. Part 2 focuses on the values and perspectives he adopts in his research, as well as his message for the graduate school and students.

日本語は抄訳に続く(Japanese interview text follows English summary)

 

Part 1

Prof. Yasuaki Kakehi is a graduate of the Department of Information and Communication Engineering in the Faculty of Engineering at the University of Tokyo. Although his earlier work focused on immersive virtual reality, he later shifted to research on image projection onto physical reality. While studying under Professor Naemura in the Graduate School of Interdisciplinary Information Studies, he became interested in media art and design, which is the current focus of his research.

Prof. Kakehi’s laboratory is currently exploring ways to incorporate haptic experience into digital interfaces through the development of materials that change their shape or color, or emit light and sounds, in response to touch. By going beyond traditional flat monitors, he hopes to create new interfaces that can support the design and manufacture of objects, and provide novel ways of representing information. This focus developed out of his earlier work where images projected on a hard flat surface were made to change in response to the user’s movements. The new material interfaces go beyond this by providing the user a fuller experience engaging not only the sense of vision but also of touch. The material properties of the projected objects can now be sensed in addition to their visual appearance.

This research has led to a number of interesting collaborations, including work conducted with a textile manufacturer and fashion designer on the development of advanced textiles whose color and pattern change in response to heat. Such materials not only provide new ways of interfacing with the environment but also aesthetic possibilities to be exploited by artists and craftspeople.

This research is motivated principally by a sense of curiosity rather than being directed toward the achievement of goals determined at the outset. While also acknowledging the importance of social utility, Prof. Kakehi believes that research should be driven mainly by what one finds interesting. This is an attitude he has learned from the artists with whom he has collaborated.

 

―― 先生の現在に至るまでの経緯を教えてください

もともと僕は、本学の工学部電子情報工学科出身です。
そこで最初は、仮想空間や、拡張現実などに近い領域の研究に取り組んでいました。

ただ、没入型の空間に入って仮想空間を体験するような世界は、僕としてはあまり好きではなかったので、やがて、プロジェクション技術を使って物理世界に映像を重ねていくような映像装置の研究にシフトしていきました。ちょうどその頃、学環学府が立ち上がります。アートの研究が出来る大学院を始めるというので、苗村健先生の研究室に入りました。自分の研究を表現や応用に近いところで実践したいという思いがあり、そこでメディアアーティストやデザイナーの人たちと出会って、徐々に、アートとデザイン、工学のアートサイエンスという世界に足を踏み入れます。

その後、慶應義塾大学のSFCやMITのメディアラボなどを経て、2018 年にこちらに着任しました。

 

―― 現在の、お取り組みについて教えてください

立ち上げ当初、このラボのテーマのひとつを、マテリアルエクスペリエンスデザインと据えました。つまり、光学的アプローチによる視覚情報を扱うだけではなく、マテリアルの機能性を応用して物理的で触覚的な体験の出来るインターフェイスを作る試みです。
マテリアルから、変化や応答性、インタラクティビティと呼ばれるものを設計
することができないか。そこで、一つは機能性のある材料の研究をしていて、それは刺激を与えると色が変わったりとか形が変わったりとか大きさが変わったり、光ったり音が鳴ったり、いろんな振る舞いをするマテリアルを作ることです。既存のものを含めてそういった素材を、うまく活用することによって、マテリアルからインターフェースを作っていくということをやっています。これまでのフラットなモニターだけでなく、文字通り物理的に形が形成されるようなインターフェースの研究をしています。それは、モノづくりのプロセスをサポートしたり、新しい情報表現のあり方を示す技術となる可能性を秘めています。

 

―― 触覚というテーマには、いつ頃から関心を持ち始めたのでしょうか?

本格的にマテリアルや触覚技術を研究しようと思ったのは、博士号を取得した2007年以降のことです。触覚研究者の方が多くいる環境にあったこともあり、その時はプロジェクション(映像や画像を対象物に映し出すこと)技術に取り組んでいて、硬い平面に映像を投影し、手をかざしたり歩いたりすると反応が変わるような表現に取り組んでいました。でも、だんだんとやっぱりモノ自体に触れたくなってきたんです。映像を柔らかい布や動く物に投影することで、その素材の“質感”をもっと引き立てることができるんじゃないかと。そこから柔らかかったりしなやかだったりという素材自体にも興味がでてきて、そこから触覚──つまりモノに「触れる」ことへの興味が一気に高まりました。

さらにプロジェクションや振動を素材にマッピングすることで、素材自体の触感が変化していく。そんな経験を得る中で、私は「触覚」ではなく、より広義の「触感」に関心を持つようになりました。

触感というのは、視覚や聴覚、嗅覚、味覚にもつながるものです。絵画を見ていても触感を覚えることがありますし、香りや味にも「質感」がある。つまり触感とは、五感の交差点にある概念なんです。

そこから私は、触覚や視覚、感情も含めた「質感」をデザインに積極的に取り込むようなインターフェースデザインに取り組むようになりました。

 

―― 工学的な研究以外にも、異分野とのコラボレーションがあると伺いました。

マテリアルという切り口から、Human-Computer Interaction(人とコンピュータの対話)を超えて、人とモノの新しい関係を考えています。その一例が、テキスタイルの研究です。

京都・西陣の老舗織物企業「HOSOO」や、ファッションテック企業「ZOZO NEXT」と一緒に、伝統織物に機能性素材を織り交ぜる研究を続けてきました。例えば横糸に熱応答性の素材を織り込むことで、織物としての風合いや昔ながらの意匠性と先端表現を掛け合わせる–例えば温度や電気によって色やパターンが変化するような–取り組みによって、新しい価値を見出そうとしています。

表現の例としては、ピクセル単位で制御できるものもあれば、気温の変化でふわっと全体が色づくような、もっと自然に寄り添ったものもあります。環境の変化に“気づかせてくれる”布、つまり人と環境を結びつけるインターフェースになり得るわけです。

実は、伝統工芸の世界にも、そういった「変わる素材」への関心は昔からあるんですよ。職人さんたちも、実は非常に実験的なことをずっとやってきている。そこに、我々が持ち込む技術や視点が加わることで、ただの“新しさ”ではなく、新しい「美」を作っていくという感じです。

 

―― ものづくりのことや、人間的な側面、あるいは哲学として、大切にされていることはありますか?

もちろんイシュードリブン(issue driven)でプロジェクトを進めないといけないところはあるんですけど、やはり、根本的にはキュリオシティドリブン(curiousity driven)で進めたいと思っているので、色んな意味で「これどうなってんだっけ」とか「面白いな」とか、そういった好奇心からスタートして、最初はゴールを定めずに、マテリアルと戯れるようなプロセス(マテリアル・ティンカリング)を大事にしています。その意味では、戯れられるコンディションでいたいと考えています。社会的にどう役に立つだろうかという視点も大事ではあるけれども、それだけではなくて、面白さを以て研究を常に考える。これは、これまでコラボレーションしてきたアーティストの方々から学んだ態度でもあります。

(後編に続く)

 

企画:学環ウェブ&ニューズレター編集部
取材:開沼博(准教授)・畑田裕二(助教)・山内隆治(学術専門員)・原田真喜子(特任助教)・柳志旼(博士課程・編集部)
構成:山内隆治(学術専門員)・原田真喜子(特任助教)
英語抄訳:デービッド・ビュースト(特任専門員)

(取材日:2025年1月6日)